隅田川を見下ろす。意外と臭くない、川の匂い。ここも明治通り。
初めて足元へ来てみた。まだ400m。建築というよりは、工業製品またはインフラ。全く色気が無い。スケールだけが原因というわけでもないと思う。まだよく理解できないという感想。
さーっと読めてしまうがなかなか危険な一冊。
著者は、海の幸、山の幸ならぬ「都市の幸」があるという。台東区の炊き出し、ゴミあさり、公園の水道、段ボールで作る家。橋の下の土地は月1回引き払う必要があるというがまだ戻って来れる、という。
話はそうした人々の「月収」に及ぶ。アルミ缶の収集、貴金属拾い、電化製品拾い...コンスタントに月20万稼ぐ人もいるとか。
しかし待てよ、と読み手は思う。けっきょく文明のおこぼれにあやかって、貨幣経済の末端にいるだけではないかと。そもそも家族をもてやしない。
すると著者は大きな問いを投げかける。いま大地震が起こって住むところがなくなったらどうするんだ、と。生きて行けるのか、と。彼らは生きて行けるぞと。
そして後半「ロビンソン」「代々木公園の禅僧」を紹介してピークに到達。ほぼ自給自足に近い人々らしい。そのあとはおまけみたいなもの。
結局、問いには答えられないまま。答えられる訳が無い。そして今夜もまた明日が無事に来ることを祈っている。
高橋真梨子が気になるのはファンである父親の影響だが、この映像はもう何度見たことだろう。いつ見ても新鮮で飽きない。カッコいいよな。いい年の取り方ってあるんだなと、見るたびに思う。
いや、若い頃は若い頃で十分良いのだが。かわいい。
そういえば先日。それぞれ都合をあわせて、昼に夫婦で話す時間をつくった。これからの仕事、人生について、あれこれと話す。お互い勝負のタイミングだけど協力し合って頑張っていこう。芝三丁目にできたchottoにて。